自分のソフトウェアを検閲する

Richard Stallman

[Datamation 1996年3月1日号より転載]

 [冷静なグニューの画像] [ 英語 | フランス語 | 日本語 | 韓国語 | ロシア語 ]

昨年の夏、数人の小賢しい国会議員たちがインターネット上での「ポルノを禁 止する」というふれこみの法案を提出しました。昨秋になるとキリスト教右派 がこの動きに同調し、ついに先週、クリントン大統領は法案に署名しました。 そんなわけで、今週私はGNU Emacsを検閲しています。

もちろん、GNU Emacsにポルノは含まれていません。Emacsはソフトウェアパッ ケージであり、数々の賞を受賞した拡張性とプログラム可能性に富むテキスト エディタです。しかし今回成立した法案は、単なるポルノの域を遙かに越えた 範囲に適用されます。この法案では「不適切な」言動を禁止していますが、そ の対象には有名な詩、ルーブル美術館に展示されている傑作から安全なセック スのアドバイスに至るありとあらゆるものが含まれます。そして、ソフトウェ アも例外ではありません。

もちろんこの法案に対しては、インターネットの利用者や性愛文学の愛好家の みならず、報道の自由を重視する人のすべてから多くの反対が表明されていま す。

しかし、私たちが一般の人々に何が問題となっているのかを説明しようとする たびに、検閲推進派は嘘で応えてきました。すなわち、彼らは一般の人々に、 問題となっているのはポルノだけであると述べてきたのです。この問題に関す る彼らの他の主張の中にも前提条件として織り込まれているこの嘘によって、 彼らは一般の人々に誤った情報を与えることに成功しています。ですから現在、 私は自分のソフトウェアを検閲しているのです。

ご存じのように、Emacsは有名な「doctorプログラム」のあるバージョンを含 んでいます。Elizaとしても知られるこのプログラムは元々MITのWeizenbaum教 授によって開発されたもので、Roger派の精神分析医のように振る舞います。 ユーザがプログラムに語りかけると、プログラムはユーザ自身の発言をオウム 返しにしたり、長いリストで用意された特定の言葉を認識したりすることによっ て反応します。

Emacsのdoctorプログラムは多くの一般的な悪態を認識するようになっていて、 そういった語には「口の利き方には気をつけていただけませんか?」や「紳士 的にやりましょう」といった適切かつ愉快なメッセージで応えるようになって いました。これを実現するには、doctorプログラムに悪態語のリストを用意し ておかなければなりません。それは、プログラムのソースコードが「不適切」 になるということを意味します。

ですから今週、私はこの機能を削除しました。新しいバージョンのdoctorは不 適切な言葉を認識しません。もしあなたがdoctorを罵れば、doctorその悪態語 をそのままあなたに返します。悪態語だと分からないからです(新しいバージョ ンの起動時には、それがあなたを守るために検閲された旨メッセージが表示さ れます)。

現在アメリカ人は、ネットワークに不適切な投稿をすることにより2年間の懲 役を科せられる危険に晒されています。投獄を避けるため、インターネットを 通して何が「不適切」かを定義した正確な規則にアクセスできれば良いのです が、それは不可能です。そういった規則では禁止された言葉に言及しなければ なりませんから、規則をインターネットに投稿するのはまさにその同じ規則に 違反することになるからです。

もちろん、私は「不適切」の意味する内容について仮定を置いています。何が 「不適切」なのか確かなところは誰にも分からないので、こうせざるを得ませ ん。「不適切」の意味として最も分かり易く、一番考えられるのは、テレビの 分野でこの語が持つニュアンスですので、私もそれをとりあえず仮定して話し を進めています。しかし、裁判所がそういった法の解釈を違憲として棄却する 可能性はかなり高いのです。

私たちは、裁判所がインターネットを書籍や雑誌のような出版の媒体として認 識するようになることを期待できます。もしそうなれば、裁判所はインターネッ トでの「不適切な」出版を禁止するような法律は常に棄却するようになるでしょ う。

一番私が心配しているのは、裁判所が混乱して、たとえば礼儀作法の説明や doctorプログラムでは「不適切」な表現を許可するが、子供が公共の図書館で 読めてしまうような書籍の一部では禁止するといった解釈を容認するなど、中 途半端な手段を採ってしまうことです。そんなことになれば、今後何年にも渡っ て、次第にインターネットが公共の図書館を置き換えて行くにつれて、私たち の言論の自由のいくらかが失われていくことでしょう。

ほんの数週間前のことですが、アメリカではないある国がインターネットへの 検閲を課しました。それは中国です。この国では、中国はあまり好意を持って 見られていませんが、それは、中国政府が基本的な自由を重視していないから です。しかし、ではアメリカ合衆国政府がいったいどれだけ自由を重視してい ると言えるのでしょう? そしてあなたはアメリカの自由を保全するために十 分配慮していますか?

もし配慮するならば、折に触れてVoters Telecommunications Watchをチェッ クするようにして下さい。彼らのウェブサイトhttp://www.vtw.org/にはこの問題の背景や どのような政治的行動を起こせば良いかについての説明があります。2月には 検閲が勝ちました。しかし私たちは、11月にはそれをひっくり返すことができ ます。

Copyright 1996 Richard Stallman. 本文に一切変更を加えず、この著作権表示を残す限り、 この文章全体のいか なる媒体における複製および配布も許可する。


その他の読みもの


GNU のホームページへ戻る。

FSF および GNU に関するお問い合わせ、ご質問は gnu@gnu.orgまでどうぞ。 FSF と連絡を取る他の手段もあります。

これらのウェブページに関するご意見は webmasters@gnu.orgまで、 他のご質問は gnu@gnu.orgまでお送りください。

著作権表示は上記の通り。
Free Software Foundation, Inc., 51 Franklin St, Fifth Floor, Boston, MA 02110, USA

翻訳は 八田真行 <mhatta@gnu.org> が行いました。

Updated: Last modified: Sun Mar 3 03:20:58 JST 2002